レイニー・デイ
思いのほか、我愛羅は雨が好きだ。
オレにとっては、退屈で仕方ない雨の休日も、こいつにとっては違うらしい。
今も本を片手に開いたまま、ぼんやりと窓の外を眺めている。
小さく響く雨の音。窓を伝って流れる水滴。
放って置かれているオレはといえばあくび交じりにベッドの上に転がって、雑誌をめくっている。
二人だけの休日も大分珍しくなくなった。年に何回もあるわけではないけど、互いに休暇と仕事の予定をやりくりして、精一杯会える時間をつくってる。
まあ、大体の場合は、オレが仕事を詰めて、長期休暇をもぎとって砂の里の我愛羅のところに押しかけるパターンが多い。長期っていっても、一週間か十日くらいがせいぜいだし、おまけに特務でぶっちぎられるのもしょっちゅうだけど。
砂の里までの往復の時間がオレの足で五日ってとこだから、一緒にいられるのは二日から五日ってとこか。で、我愛羅も休みをその時に合わせてとって、一緒に過ごすわけだ。
風影様になっちまったこいつは、休暇中でもめったなことでは砂の里を離れることはできないから、こればっかりは仕方がない。我愛羅はいい加減なことができない性分だし。
そのかわり、今日みたいに我愛羅もこっちに来る仕事があるときは、その前後に休みをとって、今日みたいに、オレのうちで休暇を過ごしたりする。そうすると、往復の時間を稼げるから。
まあ、そんなふうにして、一緒にいる時間が積み重なれば積み重なるほど、特別なことはしなくなって、出かけたりとかより、こんなふうにぼんやり二人で部屋の中でゴロゴロ過ごすことが増えた。愛が減った、とかじゃなくてさ、むしろ、どんどん増えてるんだけど。普通に大事に気を使わない時間を過ごせるようになったっていうか、素が出せるようになったっていうかさ。ちょっとずつ、進展してるのかなー、って思う。
時々は、飯の材料を買いに行ったりもする。意外だけど、我愛羅、わりと買い物が好きみたい。砂の里じゃ、顔が知られすぎてるし、我愛羅自身も変に気を使って、出かけられないらしくて。そのせいか、ちょっとした買い物でも一緒に行くっていう。何を買うってわけじゃなく、売ってるものを珍しそうに眺めてたりとか、手にとってみたりとか、けっこう楽しそうで、そういう顔みるのがオレの楽しみ。
そういえば、スーパー行くと、いっつも微妙に喧嘩になるんだよな。オレがインスタントラーメンばっかり買うから。もっと、まともな物を喰え!って。で、しぶしぶ棚に戻すんだけど。ほんとはさ、わざとだったりする。そんな風に怒られたりするの結構好きなんだよなー。怒った顔もかわいいし。愛されてるなーって思うから。
そういう顔、もっと見せてほしい。もっとわがままだって言っていいのにな。
ちょっと控えめなとこもすきだけど、笑った顔も怒った顔も、泣き顔だって全部好きだし。
あせらないから、少しずつでも色んな顔を見せてくれたらって思ってる。
ずっと、欲しくても手に入らなかった何かを、オレ達はゆっくりと取り戻しているのかもしれない。こんな風に一緒にいるだけで、心のどこかが満たされていくような気がする。
我愛羅も同じように思っていてくれるといいな。オレと一緒でいて、ちょっとでも幸せだって思っててほしい。オレが今、幸せだって思っているみたいに。
きっと、少しずつ、ゆっくりでも二人で進んでいったら、もっと幸せになれる。
お前が、立ち止まるときはちゃんと待ってるから、オレが進めないときは、少し待ってね。たぶん、こんなこと言ったら、あたりまえだろうって、呆れ顔で言うんだろうな…。
でもさ、それでも言いたいの。ちゃんと、本気で好きなんだって。
これからも、ずっともっと好きになっていくんだって。
寝転がったまま、顔だけ向けて、手をのばせば届く距離の白い横顔を見る。よいしょ、と身体を起こして、窓に身体を預けるようにして外を眺める我愛羅のほうに、にじり寄った。
「なんだ?」
気配に気付いたのか、まっすぐ、こっちに向けられた緑の目に笑いかける。
本を閉じながら、我愛羅は少し首を傾ける。こっちの意図が読めないときのこいつの癖。
両腕で、細い腰を抱き寄せて、薄い腹に甘えるみたいに顔を埋めた。
うっすらと我愛羅の匂いがする。あたたかい人肌の匂い。
「おい…」
そっと髪に差し入れられた指と呆れた声に誘われるようにして、顔を上げて思いついたことをくちにした。
「ん〜。いや、さ。これから散歩でもいかねえ?」
雨の中でデート。とっさの思いつきにしては、うん、けっこう悪くねえかも。
「これからか?」
降り止まない雨の窓の外に目をやって、困惑顔の我愛羅。オレが、雨があんまり好きじゃないの知ってるからなんだろうけど。
確かにオレは雨は好きじゃないけどさ。うちの中は退屈だし、濡れるのもあんまり好きじゃないし。でもさ、お前と一緒なら全然OK。
「そ!たまにはそういうのもいいだろ?雨の中のデート!」
帰りに夕飯の買い物でもしてさ…と、とびっきりの笑顔でおどけてみせると、つられたように我愛羅も目をなごませた。
「…悪くないな。」
「じゃ、決まりー。」
簡単に出かける準備をして、並んで玄関に向かう。傘を出そうとして、ちょっとだけイタズラ心が沸いた。
「傘、一本しかねーからさ。途中まで一緒でいいよな?」
「別にかまわないが。」
つい、にやついてしまうオレの顔を見て、訝しげに首をかしげて。それでも、あっさりとうなずいた。心の中でよっしゃ!!とこぶしを握る。
たぶん、相合傘なんて想像もしてないんだろうけど。でも、それでいい。
ぱたんと閉じた物置で、かちゃんと残っている傘が音を立てた。
一瞬ドキッとしたけど、全然気付いてない我愛羅にほっとしながら、出しっぱなしの靴を履く。隣で我愛羅も自分の靴を出していた。
「じゃあさ、とりあえず傘屋によってー」
そんなことを言いながら、二人で肩を並べて部屋を出る。鍵を閉めて、のんびり階段を降りて。ぱらぱらと雨が落ちてくる空を見上げた。いつもなら、微妙に憂鬱になるところだけど、楽しくてしかたないのはお前が隣にいるから。
「上機嫌だな。」
呆れたようにいう我愛羅の顔を覗き込んで、俺は言う。
「だってお前と一緒だもん」
Fin