「なあ、我愛羅って甘いもんダメじゃないよな?」
開けた冷蔵庫の前にしゃがみこんだナルトは、そんなことをいいながら、中から小さ
な箱をとりだした。ちょうど、すぐ横でコーヒーでもいれようかと、湯を沸かしてい
る我愛羅に見せる。
「…嫌い、じゃないな。」
「じゃ、せっかくだしお茶請けはコレってことで!」
箱を片手にひょいと立ち上がって、ばたんと冷蔵庫を閉める。
「なんだそれは?」
「ん?チョコケーキ。」
「チョコケーキ?」
「そ!チョコケーキ!!結構うまいんだってばよ。」
コーヒーにも合うし!!と、得意げな顔で笑うナルトに我愛羅はすこし首を傾けた。
「買ってきたのか?」
「そう!最近、くのいちの間で評判の店でさ、お前が来るっていうから買ってきたん
だってば。」
「…そうか。」
「お前…なんか張り合いねえなあ…。」
ぶつぶついいながらも、ナルトはアルミ箔を広げ、箱から取り出したこげ茶色のまる
い、そっけない見た目のケーキを包んでトースターに放り込んだ。
「?」
「あとは、食べてのお楽しみー。あ、お湯沸いてるってばよ?」
「…、ああ。」
妙に楽しげなナルトに急かされるようにしながら、どうも釈然としないという顔で、我愛
羅はしゅんしゅんと音を立てているやかんの火を止める。慣れた手つきで、出してあった
ポットを温め、ドリッパーをセットし、ゆっくりと湯を注いだ。ふつふつと盛り上がった
泡と一緒に、ふわり、と香ばしい匂いが広がる。
部屋中に広がるコーヒーのいい香りにナルトは目を細めて背中から抱き込むようにして
肩越しに覗き込んだ。
「おい…」
「ん〜……?」
ぼやくのを、あっさり無視して細い腰に手をまわして、肩にあごを乗せると、我愛羅は呆
れた一つため息をついて結局、抵抗せずナルトのしたいようにさせてくれる。へへっ…と
笑って甘えるみたいに細い肩に顔を埋めた。
「我愛羅ってさあ、コーヒー入れるのうまいよな。オレ、ブラックで飲めんのお前が入れたやつだけだってば。」
「そうか?カンクロウのがうまいぞ?」
我愛羅はうつむくようにして、少し笑う。なんでもない会話が出来ることが楽しい。
そーゆー意味じゃないんだってば…とぼやく声を耳元で聞きながら、お湯がフィルタ
ーから落ちきるのを確認して、少しおいて。それから、また、ゆっくりと湯を落とし
て二人分のコーヒーを入れた。
二人分のコーヒーがマグカップに注がれるのとほぼ同時にチンとトースターがなる。
「ナイスタイミング。」
耳の後ろへひとつキスを落として、ナルトは身体を離し、トースターをあけた。
白い皿の上にホイルから取り出したほかほかと湯気をたてているケーキ乗せる。その
横にプラスチックのカップに入ったホイップクリームとフォークを乗せた。これでよ
しっと、ひとりごとをもらして、両手に持つ。すぐ、十数歩の距離のこたつまで少し
浮かれたような気分でむかい天板にその皿をのせて着きっぱなしのそれに足をつっこ
んだ。
数歩後ろをついてきた我愛羅も両手にカップを持ってゆっくりとソファの横に立つ。
「ほら。」
「さんきゅ。」
差し出されたマグカップを受け取ってにっこり笑うと我愛羅も少し口元を緩めて、い
つもの場所に腰をおろした。
「冷める前に食わないと意味無いんだってば。」
我愛羅の前にケーキの乗った皿を押しやり、自分もフォークを持つ。動かない我愛羅
にじれたようにナルトが早く!と急かすのに苦笑しながら、我愛羅もフォークを取っ
て、サクリと音を立ててケーキをくずした。
「あ、」
とろりとあふれ出したチョコレート。皿の上に暖かい湯気をたてて広がる。
「びっくりした?」
してやったり、という顔で覗き込んでくる、青い目に頷く。白い皿にさらりと広がっ
たそれに浸ったケーキはいかにもおいしそうだった。
「ほら、はやく食って食って!!うまいから!」
自分のケーキをくずしながらいうナルトにもう一度頷いて、ゆっくりと一口、口へ運ぶ。
「………うまい。」
口の中に広がる、ほろ苦い甘さと香りに目を見張る。甘みよりも少し苦味のかったそ
れは温かく、さくっとした食感に反してさらりととける。
「だろ?」
思わずナルトの顔を見ると、ナルトも自分の分を食べながら得意げに笑った。
「フォンダンショコラっていうんだってさ。こないだ、たまたま食べてすっごいうま
かったから、お前にもどうしても食べさせたくてさ…」
ちょうど、14日だったし…。小さく付け加えられた言葉の意味が解らず、我愛羅は首
をかしげる。その表情に、ナルトは照れをごまかすように、机ごしに身を乗り出して
、くしゃり、と我愛羅の髪をひとつ撫でて小さくつづけた。
「2月14日はさ、一番大事な人にチョコレートあげる日だって、聞いたから。ちょうど
お前が来るっていってたし、そしたらもうこれしか思いつかなかったんだってばよ。
だってオレの一番はお前だからさあ。」
目線をはずして、一口ケーキを食べる。その頬がうっすらと赤くなっているのに、我
愛羅は小さく笑った。じわり、と胸が温かくなる。目には見えない何かがはっきり
とかたちになって届くのがわかった。
「…ったく…笑うなってばよ…」
口を尖らせて文句を言う子供っぽい表情に余計に笑みは深くなる。
受け止めたのは物だけじゃなく、彼の思い。
「ありがとう。」
今の気持ちを言葉にするのは難しくて、結局一言になってしまうけれど、きっと、ナ
ルトはちゃんとその温度ごとうけとってくれるのだろうと思った。
チョコレートもとけるような。
「うん。」
うなずいて、また、くしゃり、と笑ったその顔に、我愛羅は思案するような表情になる。
「どうしたんだよ?」
「いや…食べ終わったら、でかけよう。」
もう決めた、という表情にナルトの眉が訝しげに寄った。
「なんで?」
「オレも、お前に贈りたいから。」
まだ、14日だろう、とまっすぐ見つめてくる淡い緑の目。
驚いたようにナルトは青い目を大きく見開いて、まじまじと我愛羅の顔を見つめた後
、ぐっと歯を食いしばるような表情をして我愛羅を抱きしめた。
ぎゅっとその両腕に力がこもって、耳元にちいさな泣き笑いみたいな返事。
「…うん。」
少しの間の後、ゆるく解かれた腕の中で見たナルトの顔はもういつも通りの笑顔だった。
その後は二人でなんでもないことを話しながら、残りのケーキを食べ終えて、皿をさ
げて。
並んで玄関に向かう。
「なあ、どこにいく?」
「お前の好きなところで良いぞ。」
「マジで?じゃあさあ…」
靴を履いて、ドアを開けて、外へ。
となりにやわらかい笑顔があること。
大切なひとを笑顔にできること。
そのことに、自分が笑うことができるということ。
青く青く晴れ渡る空をみて、そのことがとてもしあわせだと思った。
fin
chocolat