冬の日

 

夕暮れに一楽からの帰り道、朱く染まった街を二人で歩く。

すっかり寒くなった里の空気はキンと澄んでいて耳が冷たかった。

それでも、心はあったかい。

ナルトはひっそりと笑って、そっと隣を盗み見る。

我愛羅の冷え性の白い手は、去年ナルトが見かねてプレゼントしたチョコレート色の薄い鞣革の

手袋に包まれている。

ちゃんと使ってくれていることがうれしい。

そう言う自分の着ているセーターも誕生日に我愛羅がプレゼントしてくれたものだった。

しかも手作り。包装も何もしていない出来立てのそれを渡してくれたときの、取り繕った無表情

を思い出して、ナルトはつい笑ってしまった。

「何を笑ってるんだ?」

「ん、別に。」

訝しげな問いに、にやにやしたままそう答えると、我愛羅は少し不満げに顔をしかめる。

子供っぽいその顔がかわいくて愛しくて、ナルトはその柔らかい赤い髪をぐしゃぐしゃとかき

混ぜた。

我愛羅は顔をしかめたままで、されるがままになっていたが、ふと気が付いたように口を

開いた。

「外だぞ?」

「別にいいじゃん?」

「………」

ナルトは軽口で返したが、じっと見上げてくるきれいな緑の目の圧力に手を止めた。

それから、わざとらしく大きくため息をつくと、名残惜しげにもう一度だけ指を絡めて手を放す。

「じゃあさ、甘栗甘で、甘酒でも飲んでこっか。」

少しだけきまりの悪い空気を振り払うように明るい口調でそう言うと、我愛羅はいいな、と頷い

てから、肩をすくめて襟元をなおした。

「寒い?」

「いや…。」

「今日は特別寒いもんなあ…。ほら。」

否定の言葉とは裏腹にふるりとふるえた我愛羅の首に、ナルトは自分のマフラーをはずして巻いてやる。

「いい。お前が寒いだろう。」

「オレはへーき。こっちの冬には慣れてるし、体温高いし。だいたいお前は明後日からはずせない会議だろ?風邪とか引いたらまずいって。」

だが…と、それでも、巻かれたマフラーを外そうとする彼の手を押さえて、ナルトはわざとらし

いくらいおおげさに肩をすくめて見せた。

「じゃあ、早く行こうってば。こんなとこで立ち止まってるほうが寒いって。甘酒であったまって早く帰ろ?」

我愛羅は、納得できないという顔をしてはいたけれど、埒が明かないとでも思ったのだろう。

渋々という調子でわかった、と頷いて歩き始めた。

(我愛羅、わりと押しに弱いからなあ…)

仕事絡みの時はともかく、こういうときには少し強引目に言い切ってしまえば、我愛羅は大抵

うんということに気付いてからナルトはよくこの手を使う。

自分と一緒の時にはめいっぱい甘やかしたいから、ちょっとくらいずるい手だって作戦のうちだ

よな、なんて。

なんだか我愛羅とつきあうようになってから、自分はすっかり口がうまくなったと思う。

ちらりと隣を見ると、我愛羅は少し目を伏せてマフラーに顔を埋めていた。      

眉間にちょっとしわが寄っている。

言い負けたものの、複雑な胸中らしい。

何考えてるのか分からないとか言われがちな我愛羅だけれど、ちょっと注意してみれば、意外に

感情が分りやすく顔に出ている。

眉間に寄った皺だったり、微かに尖った唇だったり。

ホントは今すぐキスしたい。手を繋いじゃったりしたい。

(さすがにそれはまずいよなー…。)

コートの袖口からのぞいている手袋に包まれた手を横目で見ながら、ナルトは軽くため息をついた。

夕暮れ時のこの道は、人目が無いとは言い切れない。

ゆっくりになった自分の歩調の一歩だけ前を歩く、細い背中を追いながら、こっそりため息をつ

くと我愛羅がふいにくるりとこっちを向いた。

「ん?」

何?と問いかけるみたいに顔を上げて首をかしげると、右手が柔らかい皮の感触に包まれた。

「え?」

「はやく、行くんだろう?」

掴んだ手を、グイっと強く引いて足を早める。強い手に少しよろけて、ナルトはあわてて足を

速めた。

足を動かしながら、じわじわと広がる幸福感に目を伏せれば、口の端は自然にあがる。

繋がれた手をぎゅっと握り返して離し、自分達の距離を思った。

初めて彼に会った時の目にも入っていない場所から、少しずつ近づいて、今はもうこんなにも

近い。

時々不安になったりもするけど、それは望んでいた幸せがこの手の中にあるからだってことは、

もうちゃんとわかっている。

だからどんな事があっても、それごと全部忘れないようにしようと思うのだ。

追いついて隣に並んだ。少し低い位置にある我愛羅の白い顔に浮かぶ表情は相変わらず薄い。

それでも、ナルトの目が自分を見ていることに気がつけば、何だ?とでもいうようにあの、綺麗

なひすい色の虹彩が真っすぐ自分に向けられる。

ああ、自分は彼の全部が、本当に好きなのだなあとおもった。そうして、そう思うだけで、寒空

の下にある身体が、心が、物理的ではない温度に温められていくのを感じるのだ。

一緒にいても、いなくても。触れていても、触れて無くても。何かの折に思い出すたび、寒々し

い心の隙間を埋めるように、優しい温度の微熱は上がる。

それはまるで、魔法のようだとナルトは思う。

やさしい、しあわせな、魔法。

「ナルト?」

隣にいるその魔法の源はといえば、一人で笑っている自分を訝しげな顔で見上げていて。

「ん、ごめんごめん。なんでもねえよ?」

「……なら、いい。」

笑いを収めないまま、その顔を覗き込んでそう言えば、彼はふいっと目をそらして前を向く。

それでも、自分をちゃんと気にしてくれているのが、ナルトにはちゃんと分かる。

歩調が少しゆっくりになって、ほんの数センチの隣の距離。

体温さえ感じられるほど近い距離。

寄せる温度は澄み切った冬の風の冷たささえも心地いいほど。

ならんだ彼と同じように、まっすぐ前を向いた。

このままずっと、何処までも歩いていけるような気がする。

そんな風に思う。

この温度がある限り多分、二度と寂しいなんて思わない。

胸の内側からあふれる温かさごと、はやく彼を抱きしめたいなとナルトは思った。

目的地まであと少しだ。

                  Fin