「くそっ…重い…」

「いや…シカマル、まじゴメンだってば……って重っ!いきなり力抜くなってば!重くなんだろ!!」

「大体お前が、一人で、運べるモンと、運べねえモンの、区別が、つかねえのが、悪いん、だろ…」

「だからあ、それは、謝るってば!!後で、ラーメンおごるし…。」

「………」

「シカマル?」

 

「もういい。…ったくめんど…くせえなあ…重っっ!!ナルト!お前こそちゃんと持てよ!」

ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、二人が何をしているかといえば、ナルトが新たに購入したやたら大きな家具らしきものを彼の部屋まで運んでいる途中だった。

厳重に梱包されたそれは、二人で持っても息が切れるほどに重い。でもって、持ちづらい。ヨロヨロしながら階段を上りきって、ドアを開け、ようやく着いたナルト部屋にどすん、と降ろす。はーっと二人同時にため息をついて、床に直に腰を降ろした。

「やれやれ…」

「シカマル、ありがとなー。ほんと助かったってばよ。」

ナルトは四這いで台所まで這って行き、冷蔵庫を開けると中から缶ビールを二本取り出して、一本をシカマルに投げてよこした。自分も冷蔵庫を閉め、その扉に寄りかかるように足を投げ出して座りビールをあおる。

「…っあー…うまっ!労働の後のビールは最っ高だってば!」

変わらない開けっ広げの笑顔で、ぷはっと息を吐き、口元をぬぐうナルトを見て、苦笑しながらシカマルも缶を開け口をつけた。久しぶりに訪れた彼の部屋を見回す。

「…思ったより、きれいにしてんのな。」

「あ?」

相変わらず物が多くて雑然としてはいるが、昔の汚さとは比べようも無い。

「そっかー?」

「昔はほんと、ひどかったもんな。お前の部屋」

「あー…まあ、そうかも。」

否定はせずに肩をすくめるようにして子供のような顔で笑うその表情に、ほんと、こいつはかわらねえな、と懐かしいような思いでシカマルはビールをすすった。それから、ふと気になって、運んできた巨大な荷物を軽くたたく。

「で、これはなんなんだよ?」

「ん?ああ、なんていうか椅子?」

「椅子?」

「そうそう。一人掛けのソファみたいなやつだってばよ。」

そういって梱包を破った。中から出てきたのは、頑丈そうな木枠に座るとすっぽりと覆われそうな、柔らかいスウェードのクッションを張った、いかにもすわり心地の良さそうな肘掛け椅子だった。艶のある飴色の木枠と茜色の座面の色も美しい。しかも足置き付き。

「おい…これ、高かっただろ?」

「んー…、まあ、な…。」

じっくり、上から下まで眺めての、するどい突っ込みにナルトの目が微妙に泳いだのを見逃さず、シカマルは真顔で聞いた。

「で、いくらだったんだよ。」

「あ〜…」

ナルトは、しばらく視線をさまよわせた後、黙ったままじっと顔を見て、返事を強要するシカマルの視線に、観念したように小さく白状する。

「…4万両…くらい…?」(1両10円計算。参考兵の書)

「はぁぁぁ!!??4万!!!!????」

「声が大きいってばよ!!!!!!!!!」

絶句するシカマルに、怒鳴った後、ナルトは決まり悪げに視線をはずした。

「お前…そんな金、どっから出したんだよ?」

下忍で無くなったとはいえ、中忍の安月給は身を持って知っている。

ナルトの場合は長期の特務が多いから自分よりはもらっているだろうが、しかし…。

思考に嵌って再び黙ったシカマルに、ナルトはこそりと言った。

「ぶっちゃけ、短冊街で…。」

「…ああ。」

そういえば、こいつは博打にはめっぽう強かった。

「年末にはオレからも散々むしってくれたもんなあ…。」

「お前も随分他の奴からしっかりむしってたじゃん。」

五代目炎影主催、年末の大賭博大会を思い出してぼやいたシカマルに、ナルトはちょっと笑う。

「シカマル、なにげにカードとか麻雀とかめちゃめちゃつえ―からさあ、一緒の台だと楽しいけどすっげしんどかったってば。」

「…そんなこと言って、ヒトの有り金巻き上げたのは誰だよ… 。」

「えー?でも、そこはまあ、勝負ですから。」

ナルトは悪びれもせずケロリと言って、残りのビールをすすった。

「………ま、別にいいけどよ。」

はあー…と大きくため息をついて、シカマルも缶の中身を飲み干す。

昔から変わらない憎めない性格に苦笑をもらした。

「しっかし、何でまたそんな大金コレにつぎ込んだんだ?お前って、家具とかに金かけるタイプじゃないだろ?」

「………そんなこと、ないってばよ……?」

さりげなくそらされた視線と、返事の前に付いた微妙な間に、なんとなく理由を察してしまい、シカマルは思わず天井を仰いだ。なにしろ大体の事情は、砂の里のあのひとから筒抜けだ。良くも悪くも、断片的な話を総合すれば見えてきてしまうものがあるわけで。

「…風影様にってわけね…」

「―っ!!何でわかるんだってばよ!?」

「なんでって、お前…」

どう考えても、ナルトが自分のために買うものとは思えないし、そういう風にわざとらしく話をそらそうとする理由はほかにねえだろ、と呆れ半分でシカマルが言えば、ナルトは、はー…と大きくため息をついて頭を抱えた。そのまま上目遣いでこっちを伺ってくる。

「なあ、オレの行動ってば、そんなにバレバレ?」

「あー…なんていうか、まあ…、な…。でも、まあ、オレの場合はお前のとこの事情は大体知ってるわけだしよ…。」

言葉を濁しながらも、シカマルが、一応のフォローはすると、ナルトはもう一度ため息をついてから、身体をおこした。

「ああ、そうだったよな…。お前の彼女、我愛羅の姉ちゃんだもんな。」

「いや、まだ、付き合ってるって訳じゃねえんだけどな…。」

「え?そうなの?付き合ってるって聞いてるってばよ?」

思わず本音で突っこむと、驚いたように聞き返されて、シカマルは思わず額に手をあて、遠い目になった。

「ったく…どこから…ってきくまでもねえな……まあ、そのなんだ。なんていうか、びみょうなところなんだよ。」

「ふうん…。でもさ、とっとと年貢は納めたほうがいいんじゃねえの?テマリ姉ちゃんもてるだろ。美人だし、巨乳だし。」

「…まあ、な。そろそろやっぱり…って、話をそらすなよ!今はお前の話だろ!」

「………。」

有無を言わせない感じで言い切られて、戻ってしまった話題に、ナルトはぐっとつまる。

そのまま、しばらく視線をさまよわせてから、観念したようにぽそりと言った。

「別に、プレゼントってわけじゃないんだってばよ…。」

そっと椅子を撫でて、ナルトはそらせた目線を窓際にやった。まるで、そこに誰かがいるように。軽く目を細めて、困ったような、照れたような声で続けた。

「なんていうか、さ。なんていうか、アレだよ。オレの自己満足っていうの?まあ、そういうやつ。」

吐き出すようにいっきにそう言って、ナルトは小さく息をついた。

先を促すようにその顔を見ると彼はちょっと笑ってみせる。

普段と違った、妙に大人びた表情で。

「オレの家にさ、あいつの居場所がほしかったの。ほら、あいつ、あんまり寝ないだろ?

夜、俺が寝るまではさ、同じ部屋でっつうか、傍にいてくれるんだけど。夜中に目が覚めるとさ、となりの部屋で本読んでたりするわけよ。俺が寝てるから、起こさないように気を使ってくれてるんだろうけど、そういうのがやなんだよな、オレ。」

一つため息を落として、愛しむようなやさしい仕種でもう一度むき出しになった椅子の腕を撫でた。

「でさ、これ見た瞬間に思いついたの。これとスタンド、部屋に置いたらそういうの伝わるんじゃねえかなって。ここにさ、ちゃんとあいつの場所があるんだってこととか…。もっと、気を使ったりしねえで、オレが傍にいてほしいんだってこととかさ。ちょっと口にしづらい気持ち?みたいなのが伝わらねえかなって思ったの。で、思いついたら止まんなくてさ、気がついたらレジだったってわけ。お前には悪かったけど。」

照れたようにそう付け足したナルトがふと見せた顔をまじまじと見つめてから、シカマルは額に手をあてた。

(あー…もうしょーがねえな…。)

こっちが恥ずかしくなるような満たされた顔。

正直、少しうらやましくなるような。

そんな顔をされてしまえば、もう認めてやるしかない。

きっと、これにあの姉兄もやられてしまったんだろうなと妙に納得する。

思い返してみれば、ずいぶん長い付き合いだが、ナルトのこんな顔を見るのは初めてかもしれないな、とシカマルはふと思った。

小さいときからこいつは表情豊かで、いつも笑っているように見えて、どこか空虚で、満たされない部分を持て余しているような所があった。

歳を取るにしたがって、それを隠すのも上手くなり、そう言う部分をほとんど見なくなってはいたけれど、それでも時々ふとした時に垣間見せた心が抜け落ちたような、どうしようもない痛みをこらえるような、あの、顔。

そういえばずいぶん見ていない。

砂の里のあの彼が、こいつの心のどこかにぽっかりと空いていた部分を埋めたのだろうな、とシカマルは思う。実際、付き合っているのだと聞く少し前から、ナルトはぐっと大人びた。強くなることに近道を求めなくなって、一歩一歩踏みしめるように確実に実績を積み重ねるような努力をするようになった。悔しいから言わないが、見習わなけりゃなと思わさせられるときもあるくらいだ。

(時々ハズカシーくらいに直球なとこは全然かわんねえけど…)

でも、ひょっとするとこういう部分も見習わなきゃいけねーのかも、とシカマルは天井を見上げた。待たせっぱなしのあのひとに、そろそろ逃げずに言わなきゃいけないのかもしれない。

しかも、来月はタイミングよく砂の里で中忍試験だ。自分も引率で行くことが決まっている。この間、その旨の手紙を出したばかりだ。当然、久々に会うことも。

「………」

すっかり整っているお膳立てに、何かの作為を感じないでもなかったが、それでも、たぶん、そう、今が覚悟を決めるべき時。

「…めんどくせえ、とか言ってる場合じゃねえよな…」

「シカマル?」

「ん、いや、なんでもねえ。」

軽く頭を振り、シカマルは手にした空き缶を軽い音を立てて床に置く。空になった缶ビール片手に、不思議そうに自分を見ているナルトを見た。

そうだ。大切な人がいるということは、それだけでとても幸福なことなのだ。

そして、その人もまた自分のことを大切に思ってくれているということはそれこそもっと。

うっかり当たり前になりすぎて忘れそうになるけれど、それはとても特別なことだと気付いたなら。

照れくさくて先送りにしつづけてきた言葉を、手遅れになる前に形にするのだ。

面と向かっては言えない礼を、口の中でそっと呟いて、シカマルは勢いをつけて立ち上がった。

「さて、そろそろ行こうぜ?日が暮れちまう」

「ん!そうだな!じゃ、行くか!!あ、一楽でいいよな?」

「つーか、お前はそこしか行くことねえのかよ…」

「だってさ、やっぱラーメンは一楽が一番だってばよ?」

「まあ、いいけどよ。」

肩をすくめるようにして頷いたシカマルに、餃子とビールはつけるってば、と言ってナルトは得意の笑みを見せて玄関を開ける。

サンダルを突っかけて並んで出た外は鮮やかな夕焼け。

赤く染まった町で先に行くナルトの背をポケットに手を突っこんでゆっくりと追った。

やさしい茜色の町並みは、見慣れていてもとてもきれいで、ああ、あのヒトにも見せたいなと思う。

多分となりの彼も同じようなことを考えているのだろう。

柔らかく目を眇めて、茜色の空を見上げている。

のんびりと足を動かしながら、ふと聞いてみたくなってシカマルは口を開いた。

「なあ、お前、幸せ?」

振り向いた彼は、突然の意外な問いに驚いたように目を丸くして、それから、解けるように破顔した。

それだけで答えなんて分かってしまうくらいの笑顔。

「あったりまえだってばよ。」

おまえだってそうだろ?と子供のようにも大人のようにも見える目で問いかけられて、少し笑う。

「そうだな。」

素直に同意の言葉が出た。

人を好きになるのは楽しいばかりではないけれど、それでも全部ひっくるめてみれば結局幸せ。つまりはそういうことなのだ。

未来なんかわからなくても。それを繋げるためにするべきことはいくらでもある。

そう思えば少しでも早く会いたくなった。

  

 

 

                         FIN

 

 

 

「あ、」

一楽の暖簾をめくりながら、ナルトが急に声を上げた。

「なんだよ。」

「今気付いたんだけどさあ……」

「ん?」

「姉ちゃんとシカマルが結婚したら、俺らって兄弟?」

「……」

嫌というわけではないが微妙にげんなりとした気分になるシカマルだった。

居場所