色事

イロゴト

 

キスをした。

なんども。数え切れないくらい。

少しでも同じものになりたかったんだ。それだけだった。

そうしたら全部伝わるような気がしてた。

そんなことしたって、何度したって、けして同じになんかなれないのに。

そんなこと、とっくにわかってるのに。

オレは一時的でも目を塞いでくれる快楽に縋るばかりだ。

触れる皮膚は温かかった。

肌に触れれば震える身体。

熱くなってるアレと快感だけはたしかなもののように思えた。

オレの全部を受け入れてくれているような気がして、錯覚でしか

ないのに。見上げてくる汗と涙にぐしゃぐしゃに潤んだ目に映っ

ているのは自分だけと信じたかった。でもいつも信じきれない。

 

好きだ。

 

それだけは確かなのに。

どろどろに融けて、もう何も考えられなくなりたい。

体を繋いでいる間は、同じものになれるような気がした。

熱を持ったねっとりと柔らかい粘膜の感触。深く深く。

このまま離れないでいられるような錯覚に何度でもおぼれた。

かすかに漏れる吐息まじりの喘ぎが、余計に欲望をあおる。

は…と自分の息も漏れる、熱い。

熔けるほどの熱の中で、それでも頭のどこかが冷えていた。

そんなのは、結局気のせいでしかない。

なあ、どうしてこんなに近いのに遠いんだろ?

声さえ届かなくなりそうで、オレは憑かれたみたいに繰り返す。

「好きだ、好きなんだよ…」

細い体をゆすぶりながら、口の端から零れ落ちた言葉は、全部嘘に

なってしまうような気がした。

心の中にある想いは本物のはずなのに、言葉にした途端、空気に触

れて酸化するように、変色し、やがて粉々に消えてしまう。

お前の絶対的な膜に阻まれて、一つもお前に届かない。

そのことにまたオレは絶望する。

それでも、吐き出さなくては苦しくてどうしようもないから、無意

識のうちにまた繰り返すのだ。何度でも言葉にして、その度にオレは

すこしずつ砕けていく。

まるで、毒に侵されていくように。

お前のことを好きで、好きで、どうしようもないほど愛しているのに、

それは真実のはずなのに、同時にそのことが苦しくて仕方がないのだ。

頭がガンガンした。

オレはたぶん狂い始めている。

愛してる、はきっと狂気だ。

「我愛…羅…」

縋る様に呼んだ名前に反応したようにまた重たげに睫があがる。

お前の硝子玉みたいな目に泣きそうな顔のオレが映っている。

できるかぎり優しく触るようにオレは何故か感覚の遠い右の手でその頬

を包んだ。

生理的な汗と涙と唾液に汚れたそこを親指で拭う。

互いの呼吸音がうるさい。心音がうるさい。カチカチと奥歯が鳴る音も。

しゃくりあげ震えている薄い唇が堪えるように一度ぎゅっと閉じられ、そ

れからうっすらと開いた。

白く小さなつくりもののような歯と白っぽい唇と対照的なやけに赤い

肉色の薄い舌が覗いた。ふせた睫が薄く色を刷いた頬に長い影を引くのが

ゆっくりとまるでスローモーションのように映った。

「ナ…ルト。」

呼ぶ声と一緒に細い白い手がオレの首に絡んだ。引き寄せられる。

ああ、それだけで。

全部が嘘でもいいと思えるんだ。だからだから。

オレの名前を呼んで。

正気でも狂気でもいい。

オレの名前を呼んで。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度でも…。

合わさった唇は何も紡げず、何一つ現実が変わることなど無くても、ただそれだけで

救われたような気がするんだ……。

何一つ永遠に届くことは無くても。

たとえ、オレが壊れてしまっても。

 

 

 

                             fin