「よ、我愛羅」

「ナルト……?」

突然のナルトの来訪に、執務中であるにもかかわらず、我愛羅は驚きを隠せなかった。

当のナルトは当たり前のようにスタスタと側にやってきて、にっこりと笑って見せた。

「久しぶり。元気そうでなによりだってば。」

「お前…どうして!」

色々調整したが、一月中にはどうしても来られないと手紙が来たのは、つい最近で。なのに、彼はすぐ目の前にいる。

「すぐ、帰んなきゃなんだけどな。」

驚きすぎて固まっている我愛羅に照れくさそうにそう言って、ナルトはごそごそと袋から何本かの巻物を取り出した。

「とりあえず、コレは綱手ばあちゃんから預かってきた書類。で、コレは急ぎらしいから、今日中に目を通して、返事もらいたいんだってばよ。」

「…ああ、わかった。」

渡された書類に軽く目をとおしてうなずく。仕事用の顔に戻った我愛羅によろしくな、と笑い、それからそっと顔を寄せて、小さく言った。

「あと、さ。30分くらい時間とれるか?話したいこともあるしさ、無理?」

「いや……」

机の上に積まれている急ぎの仕事の内容を頭の中で整理し、空けられる時間を計算する。

「すぐは、無理だろ。どれぐらいで空けられる?」

こちらの思考を読んだかのように、ナルトが言うのに、我愛羅は、考えるように口元にあてた手を離してうなずいた。

「たぶん、二時間あれば一時間ほどなら空けられるはずだ。」

「んー。わかった。じゃあ、あとでな。」

そのままくるりと踵を返して、出て行いく背中を見送って、目の前に積まれた仕事に戻る。

二時間で終わらせるのはかなりきつい量だがそれでも、その後の時間を思えば余裕でできるような気がする自分の現金さに苦笑がこぼれた。

「我愛羅、今木の葉のあいつとすれ違ったけど何しにきたんだ?」

席を外していたカンクロウが扉を閉めて首をかしげながら、持ってきた帳簿の束をどさりと机の上に下ろす。

「あいつ、来月までは来られねえって言ってなかったか?」

「さあな、仕事のついでらしい。」

さっき渡された巻物を軽く持ち上げて見せる。

「へえ…。」

思わせぶりにカンクロウはニヤニヤと笑って腕を組む。

「で?」

先をうながされて、我愛羅は肩をすくめた。どうやら、先を読まれているらしい。

「悪いが、今やってる仕事が一段落したら、一時間ほど休みをとる。」

「ん?一時間で良いのか?」

「それ以上は無理だろう。」

「確かになあ…」

ぱらり、と積まれた書類をめくって頷く。

「それに、あいつも忙しいらしい。」

窓に視線を向けぽつり、と漏らしたため息に、カンクロウは少し笑った。

「でも機嫌いいんじゃん。」

「まあな。」

「じゃ、せいぜい早く終わるようにオニイチャンが手伝ってやろうじゃん」

わざとらしく、胸を張って見せるカンクロウに、口の端で笑って、我愛羅は書類束に目を落とした。

 

 

「……すごい荷物だな。」

きっかり二時間後、執務室に戻ってきたナルトは両手にあまるほどの紙袋やら、風呂敷やらビニール袋やらを抱えていて、我愛羅は驚いた。

「もう、山のように買い物、頼まれてさ…」

ほとんど、化粧品なんだってばよと、さすがのナルトも乾いた笑いをもらす。

「全部持って帰るのか?」

「そ。なあ、荷物、ここに置いといていいか?」

「ああ、ならまとめさせておこう。」

側に控えていた付き人に一言二言何かを告げて、我愛羅は奥の階段へとナルトを誘った。

扉を開け、人ひとり通るのがやっとのような細い階段を上がると砂の里が一望できる屋上に出た。空は良く晴れていて、今日は少し風が強い。

「お〜!景色いいなあ!!」

柵から身を乗り出すようにしてしばらくその景色を堪能してから、ナルトは黙って、隣に並んだ我愛羅に向き直って言った。

「誕生日、おめでとう。ちょっと早いけどな。」

「…!お前、それで来たのか?」

驚いたような顔で、言う我愛羅をおさえて、困ったような顔で笑った。

「いや、一応ばあちゃんが任務くれたんだってばよ。でも、たぶんわざわざ作ってくれたんじゃねえかな。何も言ってなかったけど、ほとんどお遣い?みたいな任務だし。それにオレやっぱり1月中にお前にちゃんとおめでとう言いたかったしさ。今回逃したら、この後に入っている任務が1月近い長期任務だったからどうしたって、2月になっちまうし。

だから、今回は甘えさせてもらったんだってば。」

「…なるほど、それであの荷物か。」

「そういうわけなんだってばよ…。」

苦笑しながら、ナルトは我愛羅に手を出すようにうながした。

「なんだ?」

「いいから。」

そうして、かさり、と小さな紙の包みを我愛羅の手の中に落とす。訝しげに首をかしげる我愛羅に笑っていった。

「誕生日プレゼント。開けてみろってばよ。」

中に入っていたのは赤と白の古びた和紙に包まれた二つの繭。意図が分からず問うようにナルトを見ると彼は得意げな顔で言った。

「オレと我愛羅のホットラインだってばよ!」

「…うろまゆ、か。」

手の中のちいさな繭に目を落とす。

「はじめてみた。」

「半分はオレが持ってるってば」

ナルトはポケットから同じ繭を出して見せた。

うろまゆというのは、通信用の忍具の一種だ。二つの繭の間だけだが、どれだけ離れていても一日以内に短い手紙をやり取りできる。作るのが難しく、それができる職人も少ないことと、無線などの便利な通信用機材が出てきたことで、現在はほとんど見ることはない。

「どうしたんだ?めったに手に入るものじゃないだろう?」

「いや、さあ。お前の誕生日のプレゼント探してたらさ。ばあちゃんから、これの話聞いたんだよ。で、探し回ってたら、エロ仙人が持ってるってわかってさあ…」

「自来也殿が?」

「そ!で譲ってくれ!って掛け合ったら、花札で勝負だとか言われて…まあ、勝ったんだってばよ。一晩中つき合わさせられたけどな。それが一週間前。」

ナルトは照れたような顔で笑った。

「まあ、企まれたんだろうなー。でもさ、こうやって来られたし!お前に会えたし…」

そっと伺った我愛羅はうつむいたままじっと繭を見ている。迷うように何度か口を開きかけて、それから、まっすぐナルトを見た。

「ありがとう。」

「へへ…うん……。」

その顔が柔らかく笑うのが嬉しい。顔を見合わせて笑う。幸せだと思った。礼なんかいくら言っても足らないほど嬉しいから。

「綱手姫と自来也殿には礼を言わなければな……。」

「いや、絶対!認めないってばよ。だから、そのうちな。」

それだけのことではないのだと我愛羅は思ったけれど、とりあえず黙る。

ナルトの手がさりげなく伸びてきてそっと口付けられた。

「そろそろ、行かねえと…」

「そう、だな…」

名残惜しげに指が頬をなぜる。

「また、来るから。」

「ああ。」

「手紙書くってば。」

「ああ。」

話しながら一段、一段、階段を下りればあっという間に執務室だ。

ナルトの荷物はすでに持ちやすいようにまとめられていた。

勢いをつけてナルトはそれを背負う。あの日のように手を握った。いつも、約束みたいに。

「じゃあ、また、な。」

「ああ。気をつけて、な」

「ん、お前も。それじゃ!」

笑って。あっという間にその背中は見えなくなった。

「さて、と」

ゆっくりと机に戻る。やるべきことは山積みなのだ。

「次に会うのは、二月、だな…」

我愛羅は、ポケットの中の繭を出し、しばらく見つめてから執務机の一番上の鍵のかかる引き出しに入れた。離れていても、つながっている。いつでも直接連絡が取れる手段。

本当に最高のプレゼントだと思った。

「オレは、お前に何が返せるんだろうな…。」

小さなため息をひとつついて、積まれた書類の一つを手に取る。

「ん?」

その内容は…。

 

―風影殿 お誕生日おめでとうございます。プレゼントは気に入っていただけましたか?

これからも末永くよろしく―

 

「………………やられた」

そう呟いたあと、我愛羅はひとしきり声を立てて笑ったのだった。

 

 

1月19日

 

繭に小さな手紙は二日とあけずに届く。手のひらに乗るような小さな紙にお世辞にも上手いとはいえない字で。元気そうなことに安心して、我愛羅も同じような手紙を書く。

いつものように、執務机の引き出しを開けると、やはり小さな手紙が入っていて、我愛羅は笑みを深くする。

 

―誕生日おめでとう。お前が生まれてきたことに本当に感謝!!

 

 

                                     fin

 

バースデイ

言い訳